ラテン語さんの部屋

 

こんにちは、ラテン語さんです。普段は Twitter でラテン語の面白さを日々発信しています。

この度は、東京古典学舎の研究員としてラテン語のもっと深い魅力をみなさまと共有していこうと、この企画を始めました。現代で使われているラテン語がどのような表現を用いているのかを解説し、あるいは筆者である私が実際にラテン語で作文して、そこに使った表現方法や文法、語彙選択などを解説していこうと考えております。


世界はラテン語でできている


2024/1

この度、『世界はラテン語でできている』をSBクリエイティブ社より上梓いたしました。多くの方々に手に取っていただき、すでに3刷が決定。あらためて読んでくださった皆さまに感謝申し上げます。

 

この本を書こうと思ったきっかけは、まとまった文章でラテン語の魅力を伝えたいと思ったからです。普段私はX(旧Twitter)というSNSでラテン語について発信していますが、このSNSは一つの投稿には140文字という制限があります。しかしながら本であれば字数制限を気にすることなく書けるので、より深い話も伝えることができます。

 

また、この本では普段ラテン語や古代ローマに馴染みのない方にも面白く読んでいただけるように、幅広い分野(世界史、政治、宗教、科学、現代、日本)を取り上げました。文中で紹介しているラテン語の作品も古代のみならず中世、近代、現代と様々な時代のものを加え、ラテン語での執筆は今日まで続いている(完全に死に絶えたわけではない)ということを強調しました。さらに、現在私たちが日常的に使っている単語(日本語や英語)の語源になっているラテン語も多く解説し、よりラテン語を身近に感じられるようにしました。

 

幸いなことに、ラテン語を学習したことがない方から元々言語に興味のある方、さらには西洋古典学の先生まで私の本を高く評価くださり、心から嬉しく思います。引き続き、より多くの方にラテン語の奥深さや面白さ、そして身近さを知っていただきたいです。

vol. iii.


2023/5

 

こんにちは、ラテン語さんです。今回はようやく、平易に書き直されたものでない、普通の日本語で書かれたニュース記事をラテン語に訳しました。扱うニュースはドイツで起きたクーデター未遂です。タイトルは「ドイツ首相「国は強固」 “貴族” や裁判官など25人逮捕で」。元の記事ははリンク先をご確認ください( https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221209/k10013917751000.html )。 原文は繰り返しなども多く、このまま訳すとラテン語としておかしな構成になるので、訳しやすいように以下のように整理してみました。

 

(1)ドイツの連邦検察は7日、貴族出身とみられる「ハインリヒ13世」を名乗る男や、去年まで右派政党の連邦議会議員を務めていた裁判官など25人を国内のテロ組織に関わっていた疑い、また国家を転覆し独自の政府の樹立するために、武装して連邦議会の議事堂に押し入る計画を立てていた疑いで逮捕しました。(2)8日、ドイツのショルツ首相は事件について何を考えているか記者から会見で問われ「驚くべきでとても嫌な事件だ」と不快感を示した一方で「今回の逮捕でわれわれの国と民主主義が強固なものだとわかったと思う」とも述べ、事件は国が未然に防いでおり、ドイツの民主主義が揺らぐことはないと強調しました。(3)ショルツ首相の発言は国民に平静を呼びかけた形で、今回の事件がドイツ社会に与えた衝撃の大きさも伺えます。

 

この日本語文を、上記のように3ブロックに分けて訳していこうと思います。では早速1ブロック目から。

 

(1)ドイツの連邦検察は7日、貴族出身とみられる「ハインリヒ13世」を名乗る男や、去年まで右派政党の連邦議会議員を務めていた裁判官など25人を国内のテロ組織に関わっていた疑い、また国家を転覆し独自の政府の樹立するために、武装して連邦議会の議事堂に押し入る計画を立てていた疑いで逮捕しました。

 

フレーズは以下になります。

 

・ドイツの連邦検察  causae criminalis actores foederalis Germaniae 

(12月)7日   ante diem septimum Idus Decembres

・古代ローマ式の日付の表し方をおさらいしましょう。月中の基準日である Idus(イードゥース)は3, 5, 7, 10月であれば15日、それ以外は13日です。12月のイードゥースは13日で、7日は「イードゥースの6日前」ですが古代ローマ人は「7日前」と数えました。よって、ラテン語で表すためには「12月のイードゥースの7日前」と書く必要があります。

・貴族出身とみられる「ハインリヒ13世」を名乗る男 vir qui nobili loco (ut dicitur) natus se Henricum eius nominis tertium decimum vocat  

・去年まで右派政党の連邦議会議員を務めていた裁判官 iudex qui ad proximum annum legatus ex optimatibus conventui foederali adfuerat

・25人 →「25の市民」 viginti quinque cives 

・など →「そのうちには〇〇が挙げられる」 inter quos numeratur 

・国内のテロ組織に関わっていた →「国内のテロリストたちと親密であった」territoribus domesticis amici esse (「テロリスト」の訳語は 『Neues Latein-Lexikon - Lexicon recentis latinitatis』参照)

・武装して連邦議会の議事堂に押し入る armati in curiam legatorum irrumpere 

・国家を転覆し独自の政府を樹立するため ad novum imperium re publica eversa instituendum (「国家を転覆し」は絶対奪格で訳しました)

 

まとめると以下のようになります。

Causae criminalis actores foederalis Germaniae ante diem septimum Idus Decembres viginti quinque cives, inter quos numeratur vir qui nobili loco (ut dicitur) natus se Henricum eius nominis tertium decimum vocat una cum iudice qui ad proximum annum legatus ex optimatibus conventui foederali adfuerat, comprehenderunt quod territoribus domesticis essent amici et ad novum imperium re publica eversa instituendum armati in curiam legatorum irrumpere coniurarent. 

 

次のブロックです。 

(2)8日、ドイツのショルツ首相は事件について何を考えているか記者から会見で問われ「驚くべきでとても嫌な事件だ」と不快感を示した一方で「今回の逮捕でわれわれの国と民主主義が強固なものだとわかったと思う」とも述べ、事件は国が未然に防いでおり、ドイツの民主主義が揺らぐことはないと強調しました。

 

・8日 →「翌日」postridie 

・首相→「ドイツ連邦の書記官」cancellarius foederalis Germaniae (Latinitas: commentarii linguae latinae excolendae provehendae (1991)参照) 

・「記者から会見で問われ」→「記者たちの間で問われ」inter diurnarios scriptores rogatus 

・驚くべきでとても嫌な事件 →「昨日起こったことは」ea quae pridie accidissent (首相の発言に組み入れたので、間接話法の接続法にしました)「驚くべきで非常に嫌がるべき」

・事件は国が未然に防いでおり、ドイツの民主主義が揺らぐことはないと強調しました →首相の発言内容(「驚くべきでとても嫌な事件だ」と「今回の逮捕でわれわれの国と民主主義が強固なものだとわかったと思う」と「事件は国が未然に防いでおり、ドイツの民主主義が揺らぐことはない」)を respondit がとる発言内容の中にすべて組み込みました。「事件は国が未然に防いでおり」は絶対奪格で訳しました。

 

まとめて訳すと以下のようになりました。

Quibus de rebus Scholz, cancellarius foederalis Germaniae, certior factus, cum postridie inter diunarios scriptores rogatus esset quid sentiret, indignanter respondit ea quae pridie accidissent miranda esse multoque abhorrenda; democratiam Germanorum periculo iam depulso numquam labatum iri; post illorum comprehensionem patefactum esse quam fortis esset patria sua et democratia. 

 

最後のブロックです。

(3)ショルツ首相の発言は国民に平静を呼びかけた形で、今回の事件がドイツ社会に与えた衝撃の大きさも伺えます。

 

・ショルツ首相の発言は国民に平静を呼びかけた形で →「それに加えて、ショルツは市民たちに平静になるように呼びかけた」

・今回の事件がドイツ社会に与えた衝撃の大きさも伺えます →「以上のことにおいてドイツ人たちがこの犯罪にどれほど怒ったか知覚することができる」

 

訳すと次のようになります。

Ad haec Scholz cives monuit ne solliciti essent. quibus in rebus conspicari potest quantum Germani hoc facinore offensi sint. 

 

最後にもう一度まとめてみましょう。

 

FORTIS EST PATRIA CONTRA TERRITORES

 

Causae criminalis actores foederalis Germaniae ante diem septimum Idus Decembres viginti quinque cives, inter quos numeratur vir qui nobili loco (ut dicitur) natus se Henricum eius nominis tertium decimum vocat una cum iudice qui ad proximum annum legatus ex optimatibus conventui foederali adfuerat, comprehenderunt quod territoribus domesticis essent amici et ad novum imperium re publica eversa instituendum armati in curiam legatorum irrumpere coniurarent. quibus de rebus Scholz, cancellarius foederalis Germaniae, certior factus, cum postridie inter diunarios scriptores rogatus esset quid sentiret, indignanter respondit ea quae pridie accidissent miranda esse multoque abhorrenda; democratiam Germanorum periculo iam depulso numquam labatum iri; post illorum comprehensionem patefactum esse quam fortis esset patria sua et democratia. ad haec Scholz cives monuit ne solliciti essent. quibus in rebus conspicari potest quantum Germani hoc facinore offensi sint. 

 

いかがでしたか?かなりラテン語の構成と日本語の構成が違うので、文章を作り替えるのに頭を使いました。この翻訳が皆さんの参考になれば幸いです。ではまた次回もよろしくお願いいたします。

 

VOL. II.


2022/12

 

今回は、日本語で書かれた現代のニュースをラテン語に訳しながら、ところどころで押さえておくべきラテン語の表現方法も解説します。取り上げるのはイギリスのエリザベス二世が亡くなったことを伝える記事で、NHK の配信する、主に外国人などに向けて易しい日本語で書かれたサイト NEWS BEB EASY から選びました。元の記事はこちらです。 

 

イギリスのエリザベス女王がイギリスの時間で8日、96歳で亡くなりました。エリザベス女王は、1952年、25歳のときに王になりました。今年6月に、王になって70年のお祝いの行事がありました。イギリスの歴史の中でいちばん長い期間です。女王が亡くなって、息子のチャールズ皇太子が王になりました。女王は、SNSを使って、国の人ひとたちと多くのコミュニケーションをしました。昭和天皇は1971年にイギリスに行きました。1975年にはエリザベス女王が日本に来ました。天皇陛下も3回イギリスに行きました。女王は日本の皇室ともいい関係を続けてきました。岸田総理大臣は「エリザベス女王は、日本とイギリスの関係を強くするために多くのことをしました。亡くなってとても悲しく思います」と言いました。

 https://www3.nhk.or.jp/news/easy/k10013810241000/k10013810241000.html

 

なお、今回は元のニュースの日本語一文一文に対応する形でラテン語訳をつけました。なので訳文全体を通してみると文章の展開方法は古代ローマの作家の文章とはかなり違ったものになっておりますが、その点はご了承ください。まとまったかたまりの文章のラテン語訳は、今後行っていきたいと思います。

 

では、さっそく記事を訳していきましょう。

イギリスのエリザベス女王がイギリスの時間で8日、96歳で亡くなりました。

Elizabeth regina Britanniarum, nonaginta sex annos nata, ante diem, si hora Anglica utimur, sextum Idus Septembres, diem supremum obiit.

 

・「イギリスの女王」は regina Britanniarum と書きます。文字通りには「Britanniaeの女王」で、Britanniae というのはグレートブリテン島や北部アイルランド、海外領土なども指す表現です。

・「イギリスの時間で」の訳出は難しいところです。ラテン語には「もしイギリスの時間を用いれば」と訳しました。余談ですがこの記事を書くとき、記者は「女王は日本時間では9日に亡くなった」と想像して書いたと思われますが、後に発表された詳細な死亡時刻は日本時間であっても9月8日午後11時10分なので、現在はわざわざ「イギリスの時間で8日」と書く必要が無くなりました。

・古代ローマ式の日付の書き方をおさらいしましょう。月中の基準日である Idus(イードゥース)は3, 5, 7, 10月であれば15日、それ以外は13日です。9月のイードゥースは13日で、8日は「イードゥースの5日前」ですが古代ローマ人は「6日前」と数えました。よって、ラテン語で表すためには「9月のイードゥースの6日前」と書く必要があります。

・「エリザベス」はラテン語で Elisabeth, Elizabetha, Elisabetha などの書き方がありますが、イギリスのコインに刻印されるラテン語に使われる”Elizabeth”という表記を公式のスペリングだと解釈し、これを用いることにします。

・「亡くなる」は diem supremum obire、直訳すると「最後の日に赴く」という表現を用いました。

 

エリザベス女王は、1952年、25歳のときに王になりました。今年6月に、王になって70年のお祝いの行事がありました。

Quae viginti quinque annos nata, anno millesimo nongentesimo quinquagesimo altero, regina facta est. Cuius septuagesimum regni annum Britanni hoc anno mense Iunio celebraverunt.

 

・前の文と主語が同じなので、ラテン語訳では再び「エリザベス女王は」とせず”Quae”と処理しました。

・「今年6月に」は huius anni mense Iunio(英語に文字通り訳すと in June-month of this year)とせずに、ラテン語として自然な hoc anno mense Iunio (in this year, in June-month) と書きました。英語に慣れた頭だとなかなかしっくりこない表現方法ですが、こちらの方が古代ローマ人が好んだ書き方といえます。

・septuagesimum annum は「70年目を」です。ここは悩んだところで、というのも実際に祝われたのは「在位70年」なので本当は「71年目」なのです。ところがそのままラテン語にすると「71」ではキリのいい数字になりません。だからといって septuaginta annos「70年を」とするわけにも難しいです(祝うのは”在位70周年”という記念の年であって、女王になってから今年6月までの70年全体を祝うわけではないのです)。quia 節や quod 節を使って「70年王位についたから、お祝いした」とすることもできなくはないですが、元の日本語からけっこう遠ざかった感があります。そこでアメリカのラテン語ニュース ”NUNTII LATINI” を見たら「70年目を祝った」と書いてあったので、厳密さには多少目をつぶってこの表現を使いました。

・「お祝いの行事がありました」は Britanni celebraverunt(英国の人々が祝った)としました。

 

イギリスの歴史の中でいちばん長い期間です。

Nullus rex Britannorum ante Elizabeth tam diu regnavit.  

 

・日本語は名詞を主語にすることが多いですが、ラテン語はなるべく人を主語にします。

 

女王が亡くなって、息子のチャールズ皇太子が王になりました。

Regina mortua, filius eius Carolus, qui erat princeps Walliae, rex creatus est.

 

・「皇太子」はプリンスオブウェールズと訳しました。古代ローマでは”W”の文字は使われませんでしたが、中世ラテン語では使うことがあります。

・「女王が亡くなって」は絶対奪格を使いました。

 

女王は、SNSを使って、国の人ひとたちと多くのコミュニケーションをしました。

Elizabeth Regina per sedes sociales plebem alloquebatur.

 

・「SNS」の訳は Stephen A. Berard, Vita Nostra という本を参考にしました。

・「国の人たちとコミュニケーションをする」については日本語自体がおかしなことになっていると思われます。これだけ見ると女王と国民がお互い Twitter でリプライを飛ばしあっているような情景が目に浮かびますが、実際にやっていたのは SNS を活用して王室の人々の日常や業務を国民に公開することではないでしょうか。そのように考えたので「SNSを通じて平民に語りかけた」と訳しました。

 

昭和天皇は1971年にイギリスに行きました。

Imperator Hirohito anno millesimo nongentesimo septuagesimo primo Britanniam adiit.

 

1975年にはエリザベス女王が日本に来ました。

Item Elizabeth Regina anno millesimo nongentesimo septuagesimo quinto in Iaponiam venit.

 

天皇陛下も3回イギリスに行きました。

Imperator hodiernus Iaponiae Britanniam ter adiit.

 

・「も」をそのままquoqueと訳出してしまうと、「全文は日本に行ったという別のことなのに、なぜイギリスに行ったことに quoque をつけるのか?」となってしまうので訳出しませんでした。仮に前文が「誰誰がイギリスに行った」という内容であれば、こちらの文の訳に quoque「も」が使えます。

 

女王は日本の皇室ともいい関係を続けてきました。

Regina enim illa amicitiam cum familia Imperiali Iaponica colebat.

・「いい関係を続けてきました」は「友好関係をはぐくんでいました」と訳しました。

 

岸田総理大臣は「エリザベス女王は、日本とイギリスの関係を強くするために多くのことをしました。亡くなってとても悲しく思います」と言いました。

Fumio Kisida, primus minister Iaponiae, dixit: Elizabeth reginam multam operam dedisse quo meliore societate Iaponici et Britanni iungerentur; mortem eius sibi magno dolori esse.

 

・間接話法では、言われた内容は原則として不定法句で表されます。首相が言った発言を直接話法で表すと、”Elizabeth regina multam operam dedit quo meliore societate Iaponici et Britanni iungerentur. Mortem eius mihi magno dolori est” となります。

・「多くのことをした」は「~のために多くの尽力をした」と訳しました。

・「亡くなってとても悲しく思います」は二重与格構文で「彼女の死は私にとって大いなる悲しみです」と訳しました。その方が「se multum dolere quod regina mortua esset」とそのまま訳すよりも語数が少なく、また自然な表現になります。

 

これで本文は終わりです。以上をまとめると、次のようになります。

 

 

REGINA DIEM SUPREMUM OBIIT

 

Elizabeth regina Britanniarum, nonaginta sex annos nata, ante diem, si hora Anglica utimur, sextum Idus Septembres, diem supremum obiit. Quae viginti quinque annos nata, anno millesimo nongentesimo quinquagesimo altero, regina facta est. Cuius septuagesimum regni annum Britanni hoc anno mense Iunio celebraverunt. Nullus rex Britannorum ante Elizabeth tam diu regnavit. Elizabeth Regina per sedes sociales plebem alloquebatur. Imperator Hirohito anno millesimo nongentesimo septuagesimo primo Britanniam adiit. Item Elizabeth Regina anno millesimo nongentesimo septuagesimo quinto in Iaponiam venit. Imperator hodiernus Iaponiae Britanniam ter adiit. Regina enim illa amicitiam cum familia Imperiali Iaponica colebat. Fumio Kisida, primus minister Iaponiae, dixit: Elizabeth reginam multam operam dedisse quo meliore societate Iaponici et Britanni iungerentur; mortem eius sibi magno dolori esse.

 

こんなに短い文章でも、結構解説することがありました。今後は語句の訳し方だけではなく文同士のつなげ方も、別のニュース記事の翻訳の際に解説しようと思います。それではまた次回に。

 

vol. I.


2022/11

 

さっそく本題に入りましょう。今回はラテン語を初めて見る方でも親しみやすい、ニュースを取り上げます。使うニュースは NUNTII LATINI という、アメリカのウェスタン・ワシントン大学の学生と教授が運営している、2017年に始まった比較的新しいメディアです。Podcast やSpotify などで毎週更新されるので、興味がある方は聴いてみてください(https://nuntiilatini.com)。

 

ちなみに ”NUNTII LATINI”といえば、過去に同名のラテン語ラジオニュース番組が有名でした。フィンランドのラジオ局 ”Yle” によるもので、1989年から国外・海外問わず最新ニュースをラテン語で報じていましたが、残念ながら2019年で終了しています。フィンランドのNUNTII LATINI が聞きたい方は、Podcast がまだ残っていますので聴いてみてください。

 

今回はアメリカの NUNTII LATINI のニュースがどのようなラテン語を使っているかを、現代に関するニュースを題材にして解説します。いま最もホットなトピックである、ウクライナ情勢にまつわるニュース記事(2022年9月30日)を見ていきましょう。

 

 

NORDSTREAM DIRUPTI

ノルドストリームが破壊された

 

(1) Ductus petrolearii Nordstream dicti, tam primus quam alter et novus, sunt sub mare Baltico quattuor in locis sed intra unius diei spatium dirupti, quod non casu sed consulto factum esse putatur. (2) Primus ductus gasum naturale seu subterraneum a Russis in Unionem Europaeam attulerat, antequam Germani aliique Europaei commercium cum Russis propter bellum, quod inter Russos et Ucrainenses geritur, edicto prohibuerunt. (3) Quaedam gentes, pretiis omnium mercium propter defectum gasi auctis, coeperant dubitare utrum operae pretium esset illud gasi commercium prohibere et Russis obsistere; quae dubia nunc omnia in cassum cadunt, cum ductus petrolearii sint dirupti. (4) Quod edicto magistratuum revocabili prohibitum erat, nunc irrevocabili vi certissime est sublatum. (5) Incertum autem manet quae gens potuerit et voluerit (in illos ductus petrolearios) damnum subaquaneum inferre.

 

 

第1文目です。

(1) Ductūs petroleāriī Nordstream dictī, tam prīmus quam alter et novus, sunt sub mare Balticō quattuor in locīs sed intrā ūnīus diēī spatium dīruptī, quod nōn cāsū sed cōnsultō factum esse putātur.

 

一文が結構長いので、フレーズごとに区切って訳していきましょう。

 Ductūs petroleāriī 石油管

 (ノルドストリームは天然ガスパイプラインなのですが、 「石油の(petrolearius)」という形容詞が使われています)

 Nordstream dictī ノルドストリームと呼ばれる

 tam prīmus quam alter et novus 第1も、新しい第2のものも同様に

 (ノルドストリーム1とノルドストリーム2を指しています)

 sunt sub mare Balticō quattuor in locīs バルト海の下部で、4か所において

 (quattuor in locis は分かりにくいのですが、in という前置詞は quattuor にもかかります)

 sed しかも

 intrā ūnīus diēī spatium 1日以内という期間で

 dīruptī 破壊された

 quod そのことは

 nōn cāsū 偶然ではなく

 sed cōnsultō むしろ意図的に

 factum esse putātur なされたと考えられている

 

続けて訳すとこのようになります。ノルドストリームと呼ばれる石油管が、ノルドストリーム1と新しいノルドストリーム2も同様に、バルト海の下部4か所において、しかも1日以内という期間で破壊された。それは偶然ではなく意図的になされたと考えられている。ここでの quod はその語の前にある内容(ノルドストリームが... 破壊された)を指しており、また putatur「考えられている」が指す、考えられている中身(quod... factum esse)においての主語になっています。

 

 

次の文に行きましょう。

(2) Prīmus ductus gāsum nātūrāle seu subterrāneum ā Russīs in Ūniōnem Eurōpaeam attulerat, antequam Germānī aliīque Eurōpaeī commercium cum Russīs propter bellum, quod inter Russōs et Ucraīnēnsēs geritur, ēdictō prohibuērunt.

 

第1文よりも長くなってしまいましたが、分解すれば怖くありません。前文と同じく、フレーズごとに訳していきましょう。

 Prīmus ductus 第一の管は

 gāsum nātūrāle seu subterrāneum 天然ガス、むしろ地下ガスを

 ā Russīs in Ūniōnem Eurōpaeam attulerat ロシア人たち(のところ)からヨーロッパ連合に運んでいた

 antequam ~する前に

 Germānī aliīque Eurōpaeī ドイツ人たちや他のヨーロッパ人たちが

 commercium cum Russīs ロシア人たちとの取引を

 propter bellum 戦争のゆえに

 quod inter Russōs et Ucraīnēnsēs geritur (それは)ロシア人たちとウクライナ人たちとの間で行われている

 ēdictō prohibuērunt 命令によって禁じた

 

つなげて訳すと、「第一の管は天然ガス、むしろ地下ガスを、ドイツ人たちや他のヨーロッパ人たちが、ロシア人たちとウクライナ人たちとの間で行われている戦争のためにロシア人たちとの取引を規定によって禁じた以前はロシア人たちのところからヨーロッパ連合に運んでいた」となります。これはかなり直訳気味なので、「第一の管は天然ガス、むしろ地下ガスをロシア人のところからヨーロッパ連合に運んでいたが、後にドイツ人や他のヨーロッパ人が、ロシアとウクライナとの間で行われている戦争のためにロシア人との取引を命令によって禁じた」と変えた方が読みやすくなります。

 

 

第3文にいきましょう。

(3) Quaedam gentēs, pretiīs omnium mercium propter defectum gāsī auctīs, coeperant dubitāre utrum operae pretium esset illud gāsī commercium prohibēre et Russīs obsistere; quae dubia nunc omnia in cassum cadunt, cum ductūs petroleāriī sint dīruptī.

 

こちらもまあまあ長いですが、少しずつ訳していきましょう。

 Quaedam gentēs いくつかの国々は

 pretiīs omnium mercium propter defectum gāsī auctīs あらゆる品物の値段がガスの不足によって上がっているので

 coeperant dubitāre 疑いはじめていた

 utrum operae pretium esset やる価値があるかどうか

 illud gāsī commercium prohibēre et Russīs obsistere ガスのその取引を禁じる、そしてロシア人たちに対抗する

 quae dubia nunc omnia その疑念は今や全て

 in cassum cadunt 無に帰する

 cum ductūs petroleāriī sint dīruptī 石油管が破壊されたので

 

つなげて訳すと「あらゆる品物の値段がガスの不足によって上がっているので、いくつかの国々はガスのその取引を禁じる、またロシアに対抗することを行う価値があるかどうか疑いはじめていたが、石油管が破壊されたのでその疑念は今や全て無に帰する」です。

 

 

第4文です。

(4) Quod ēdictō magistrātuum revocābilī prohibitum erat, nunc irrevocābilī vī certissimē est sublātum. 

 

短くてありがたいです。こちらもフレーズごとに区切っていきます。

 Quod (その)ことは

 ēdictō magistrātuum revocābilī 取り消し可能な、高官たちの命令によって

 prohibitum erat 禁じられていた

 nunc 今や

 irrevocābilī vī 取り消せない力によって

 certissimē まったく確実に

 est sublātum 終了させられた

 

つなげて訳すと、「高官たちが出した取り消し可能な命令によって禁じられていたそのことは、今や取り消せない力によってまったく確実に終了させられた」となります。ここでいう「高官たちが出した取り消し可能な命令」はヨーロッパ諸国が出した、ロシアとの取引(特に資源に関わるもの)を禁ずる命令を指します。「取り消せない力(文中では奪格ですが、主格だと irrevocābilis vīs)」は、爆発を指しています。爆発によってノルドストリームが元に戻せない状態になったことを表しています。

 

 

最後の文です。

(5) Incertum autem manet quae gēns potuerit et voluerit (in illōs ductūs petroleāriōs) damnum subaquāneum īnferre.

 

フレーズごとに区切っていきます。

 Incertum manet 不確かなままである

 autem しかしながら

 quae gēns どの国が

 (in illōs ductūs petroleāriōs) その石油管に対して

 damnum subaquāneum īnferre 水中の損害を与える

 potuerit et voluerit できた、そして欲した

 

自然な日本語で訳すと「しかしながら、どの国がその石油管を水中で損傷できたか、またそれを実行したいと思ったかは不確かなままである」となります。

 

 

これでニュースは終わりです。Podcast では、全体ではほんの1分強の分量ですが、放送を聴いただけでこれを瞬時に理解するのは相当難しいと思われます。NUNTII LATINI は古代ローマ式の発音なので文字起こしは難なくできると思われますので、もし興味がありましたらダウンロードして文字起こしして、ニュースのラテン語を味わってみてください。

 

次回は日本語で書かれた現代のニュースを私がラテン語に翻訳する予定です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。